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旅行やマイルの話を中心に、たまにグルメやラーメンの話など気ままなことを好きなように書いている大阪発信のブログです。

大正昭和のモダニズム レトロな大阪の建物巡り~4

北浜周辺のレトロ散策 

武田薬品本社(杏雨書屋)

これが世界的大企業である武田が1992(平成4)年まで本社を置いた建物です。1928(昭和3)年築のレトロなビルです。

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設計は片岡建築事務所です。現在は、武田科学振興財団が運営する杏雨書屋があります。「きょううしょおく」と読みます。

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五代武田長兵衞氏が収集した日本・中国の本草医書の書庫である「杏雨書屋」がルーツです。もとは十三の工場エリアにありましたが、2013(平成25)年に旧本社ビルへと移転してきました。

 伏見ビル

1923(大正12)年に建てられた鉄筋コンクリート作りの建物は、永田岩次郎氏の設計で、澤野ビルとして建てられ、当時としては珍しいホテルとして利用されました。

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昭和に入ってビルの所有者が変わり、テナントビルになりました。この建物は国登録有形文化財に指定されています。後述する青山ビルと隣同士に建っています。

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青山ビル

青山ビルは1921(大正10)年に落成されました。地上5階地下1階建で、施工は大林組です。戦後はGHQの施設になっていたようで、昭和26年に返還されました。

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外壁は甲子園球場から株分けしてもらった蔦に覆われています。国登録有形文化財です。現在は、中国料理竜門がテナントとして入っている他テナントビルとして利用されています。

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生駒ビルヂング

株式会社生駒時計店が入る生駒ビルヂングは1930(昭和5)年に建築されました。5階建の時計塔を持つビルで、設計は宗兵蔵です。

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外壁にスクラッチタイルを用いることや、バルコニーや出窓などに曲線や装飾を有効に配するデザインによく時代の特徴があわらわれています。国の登録有形文化財に指定されています。

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 肥後橋、堂島周辺のレトロ散策

山内ビル

1930(昭和5)年に法律事務所として建設された事務所建築で外壁は褐色タイル貼りです。入口には山内法律特許事務所の名前が掲げられています、正式名は「山内香法律特許事務所」ですが香の文字が経年劣化からか消えています。

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一階東端の入口を花崗岩で縁取り二階の窓台装飾を垂らしてアーチの中心飾りとしています。褐色のタイル張りが重厚な趣を醸し出しています。1階には宝飾店のアガット肥後橋店が入居しています。こちらの建物も国の登録有形文化財です。

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中央電気倶楽部

中央電気倶楽部は、堂島川に架かる渡辺橋の近く、堂島の一角に褐色のスクラッチタイルが張られたレトロなビルです。会館は当初、1912(大正3)年に建設されましたが、これは竣工まもなく原因不明の火災によって全焼してしまい、二代目の建物は同5年11月に再建されました。

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このとき施工にあたったのは清水組で、設計は野口孫市だったと伝えます。ところが、この建物もすぐに利用者の増加によって手狭になったため、1927(昭和2)年には新館建設が決議され、東隣の土地117坪を買い足して敷地が354坪に拡張されました。そして建物は葛野建築事務所(葛野壮一郎)の設計、大林組の施工によって同4年6月に着工され、翌年10月に竣工しました。現在はこのときのものが残っています。

 

今回の大正昭和のモダニズム レトロな大阪の建物巡りは今回で終了となります。長い間お読み頂きましてありがとうございました。

 

大阪ミナミのレトロな建物も今後巡ってしょうかいできるきかいがあればと思います。